ハードランディング例1・日本のバブル崩壊

前のページではハードランディングについて解説しましたが、ここでは過去の出来事を使って具体的な例を挙げていきます。

記念すべき(?)一発目は、日本人として日本のバブル崩壊を書かなければならないでしょう。

このページを見ている方の中には私のように「バブル期はまだ子供だったよ」という方も多いと思いますから、まず日本のバブル景気というのがどんなものだったのかのおさらいから書いていきましょう。

日本のバブル経済は「1980年代後半から1990年代初頭」と記される場合が多いですが、当時の各経済指標などによると1986年12月から1991年2月までの4年3ヶ月(51ヶ月)を指します。

バブルの原因は1985年のプラザ合意とされ、プラザ合意によって急速な円高が進んだため円高不況に見舞われましたが、その結果当時の中曽根内閣は公定歩合引き下げを始めとする大幅な金融緩和を行うと同時に法人税を42%→30%へ、所得税を最大70%→40%へ大幅に引き下げました。

結果、富裕層の収入は跳ね上がり、金融緩和によって市場に金が溢れ、その金は不動産や株式に向かうこととなりバブル経済が始まりました。
投機的な資金の流入で不動産価格や株価は急上昇し、カネがカネを呼ぶ展開に。

株価で見ると、1989年12月29日の大納会にピークの38,915円87銭を付けた後暴落に転じ、あとは皆さんもご存知の通り20年以上に渡って波を繰り返しながらも下降トレンドを形成する事に。

ハードランディング・バブル崩壊

バブル崩壊の引き金になったのは後手後手に回った日銀の金融政策で、1990年3月に膨らみ過ぎた地価や株価を無理やりに押さえ込もうとしたため急激な金融引き締めが行われ、市場は一気に冷え込むことに。

そこに1991年1月に始まった湾岸戦争と、それが原因による原油高が追い討ちをかけ、株価はあっさりと20000円を割る事に。

その後の日本の低迷は言うに及びませんが、景気持ち直しが見られた事も何度かあったにもかかわらず日銀による金融緩和や引き締めタイミングの悪さ、遅すぎる景気対策、早すぎる消費税増税などの政府、日銀のマズイ対応が続き日本のダメージは深刻な事になっていきます。

1995年〜1997年にかけては日本長期信用銀行や山一證券などの銀行や証券会社などの金融機関が相次いで倒産しており、事態の深刻さが伺えます。

興味深いのは、バブル景気と呼ばれる期間は上でも書いたとおり「1986年12月から1991年2月」なのですが、これはあくまでも経済指標に基づいたもので、実際に国民が景気の良さを実感しだしたのは1988年〜ですし、景気の悪さを実感しだしたのは1992年あたりで、明らかに指標とのタイムラグがあります。

株価も1989年の終わりがピークですし、かと思ったら地価は1991年後半あたりがピーク。
なんとなく「バブル崩壊は一気に来た」というイメージがあるのですが、これらデータを見るに様々な要因が重なり時間差で一つ一つ崩れていった事が分かります。

バブル崩壊の原因には政府、日銀の不手際が特に叫ばれていますが、これだけ不動産価格や株価の高騰が急激だとソフトランディングを望むのは酷な気もします。

…というか、そんな急激な上昇を許したところに根本的な問題があるのでしょうが。

次のページでは近年最大のハードランディングである「サブプライムローン問題〜リーマンショック」を解説して行きますので、暇があれば覗いてみて下さい。

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